Blog
ブログ
「翻訳できる人」の希少性——A...
フレームワーク
「翻訳できる人」の希少性——AIが代替できない職能の正体

生成AIにメッセージ案を出させれば、10通りが数分で並ぶ。競合の要約も、資料の下書きも、もう一から書く必要はない。作業は確実に速くなった。それなのに、会議で「で、結局うちは誰に何を言うんでしたっけ」と問われると、その10通りのどれも差し出せない。——速くなった分だけ、自分の職能がどこに残るのかがわからない。
「正直に言うと、自分の仕事の半分はAIでできてしまう気がします。」
マーケティング、セールス、カスタマーサクセスの現場で、この一年ほど繰り返し聞くようになった言葉です。まっとうな感覚です。そして、この不安に「AIはあくまで道具ですから」と返すだけでは、何も解決しません。実際に、半分は本当にできてしまうからです。
問題は、残りの半分が何なのかが、うまく言語化されていないことにあります。「人間にしかできないのは創造性だ」「共感だ」といった抽象論は、明日の行動を何ひとつ変えません。必要なのは、渡せる仕事と渡せない仕事の境目を、具体的な作業の単位で見分けることです。
本記事では、その境目を「翻訳」という一点に絞って整理します。国際的な研究と、日本の実務者166名への調査データを手がかりに、AIに代替されない職能の輪郭を描きます。
1. 「翻訳できる人」とは、何をしている人か

翻訳できる人とは、ある領域の言葉で語られた事実を、別の領域の人がそのまま判断に使える言葉へ置き換えられる人のことです。
肩書にはなりません。求人票にも載りません。それでも、この作業が抜けている組織では、同じ会議が何度も繰り返されます。
語学の翻訳と、職能の翻訳は別物
技術者が「処理時間を30%短縮した」と言う。営業が知りたいのは、それで商談の何が変わるのかです。経営が知りたいのは、その投資を続ける価値があるのかです。同じ事実が、受け手によって必要な形をまるごと変えます。
語学の翻訳には、原文という完成した入力があります。職能の翻訳には、それがありません。入力になるのは、断片的な観察、まだ整理されていない顧客の反応、数字にならなかった違和感です。翻訳の難しさは、訳す作業ではなく、訳す対象が最初は言葉の形をしていないことにあります。
翻訳が起きていない組織で、実際に起きること
心当たりがあるかどうか、直近の三ヶ月と照らし合わせてみてください。
同じプロダクトの説明が、部門ごとに少しずつ違う
顧客の声が「要望リスト」に変換され、なぜそれを言ったのかが失われる
営業に資料を渡しても使われず、各自が自分で作り直している
会議で全員が正しいことを言っているのに、何も決まらない
最後のひとつが、最も見落とされます。誰も間違っていないのに決まらないのは、判断材料が各部門の言語のまま机に並べられているからです。事実は揃っている。揃っていないのは、それを同じ土俵に乗せる作業のほうです。
2. なぜ、AIは「翻訳」だけを代替しきれないのか——3つの理由

この職能が置き換わりにくいのは、入力・正解・成否判定という3つが、いずれも文章の外側にあるからです。
理由①:入力が、まだ言葉になっていない
AIが扱えるのは、言葉になった情報です。ところが翻訳の材料は、商談で相手が一瞬止まった間や、「検討します」と言ったときの声色や、稟議の場で誰が黙ったかといった、記録に残らない場所に多くあります。
議事録をいくら精緻に要約させても、議事録に書かれなかったことは出てきません。一次情報に身体ごと触れている人だけが、この入力を持っています。
理由②:正解が、書き手ではなく受け手の側にある
良い文章かどうかは、文章を読めばある程度わかります。良い翻訳かどうかは、受け手を見ないとわかりません。
経営が求めているのは投資判断の根拠です。営業が求めているのは、明日の商談でそのまま使える論理です。内容が同じでも、相手の意思決定の形に合っていなければ、正しくても使われません。AIが知っているのは、渡された文脈だけです。相手が何をもって「わかった」とするかは、渡していないかぎり存在しません。
理由③:成否が、出力ではなく他人の行動で測られる
翻訳の成果は、資料の出来では決まりません。それを読んだ人の行動が変わったかどうかで決まります。
営業が資料なしで自分の言葉で語り始めたか。開発の優先順位が実際に動いたか。経営が判断を下したか。この判定は、プロンプトの外側で起きます。生成した本人が採点できない仕事は、生成の速度をいくら上げても品質が上がりません。
ここが、本記事の核心です。3つに共通するのは、いずれも「言葉にする作業」ではなく、その前後の作業だという点です。AIが圧倒的に速いのは、ちょうど真ん中の工程です。
3. 研究が示す「代替される仕事」の輪郭

国際的な研究が示しているのは、消えるのは職業そのものではなく、職業の中に含まれるタスクの一部だという事実です。
ILO(国際労働機関)とポーランドの国立研究機関NASKは2025年、約3万件の職務タスクを一つずつ調べ、「生成AIがどこまで担えるか」を職業ごとに測った指標を公表しました。結果は二段構えです。世界の雇用の約25%は、AIに担われうるタスクを何かしら含む職業に就いています。一方で、仕事の大半がAIに置き換わりうる区分に入るのは3.3%にとどまりました。報告書の結論は、大半の職業で起きるのは消滅ではなく中身の入れ替わりだ、というものです。
ここで大事なのは、数字よりも数え方のほうです。ひとつの職業は、実際には数十のタスクの束でできています。営業であれば、企業を調べる、商談で話を聞く、課題を整理する、提案書を書く、社内を通す——これらが同じ速度でAIに移るわけではありません。
だから「自分の仕事はなくなるのか」と職業単位で問うかぎり、答えは出ません。答えが出るのは、「自分の一週間のうち、どのタスクが移り、どのタスクが残るのか」と数え直したときだけです。
境界の外側で、何が起きたか
もうひとつ、AIの効き方を実験で確かめた研究があります。ハーバード・ビジネス・スクールとボストン・コンサルティング・グループが2023年、758名のコンサルタントを二手に分け、AIを使う側と使わない側で同じ業務に取り組ませたものです。
用意された業務は、性質の違う二種類でした。ひとつは、AIの能力が十分に届く18種類の業務。もうひとつは、AIの能力が届かないとわかったうえで設定された業務です。研究者は、この「届く/届かない」の入り組んだ切れ目を、ぎざぎざの境界と呼びました。
結果は正反対に割れます。境界の内側では、AIを使った側が12.2%多くのタスクを完了し、25.1%速く、品質評価は40%以上高くなりました。ところが境界の外側では、AIを使った側の正答率が19ポイント下がりました。使わなかった側より、成績が悪くなったということです。同じ道具が、線をまたいだ瞬間に逆向きに働いています。
問題は、その線がどこにあるかを、AI自身は教えてくれないことです。むしろ外側にあるときほど、出力は流暢で、筋が通っているように見えます。参加者は全員その領域の熟練者でしたが、それでも境界は見えませんでした。
つまり、AIが使えるかどうかより先に、いま自分が線のどちら側にいるかを見分けられるかが効いてきます。その見分けは、翻訳という職能の一部です。
出典:ILO・NASK「Generative AI and Jobs: A Refined Global Index of Occupational Exposure」(ILO Working Paper 140, 2025) / Dell'Acqua et al.「Navigating the Jagged Technological Frontier」(Harvard Business School Working Paper 24-013, 2023)
4. 日本の現場データが示す、翻訳職能の需給

日本の実務者調査では、AIに渡されている工程と、価値が上がると見られている職能が、きれいに分かれています。
実務でAIが使われている用途の上位は、メッセージング案の生成が59.0%、コンテンツ・資料作成が54.8%でした(出典:日本PMM市場レポート2026/プロデリア・パートナーズ、n=166)。どちらも、素材を与えられてから形にするまでの工程です。
一方、AIの普及によって越境人材——複数の職能領域をまたいで働ける人材——の職能価値が上がると答えた人は80%、5段階評価の平均は4.2/5でした(同調査)。同じ調査で、3領域以上をまたいで働いていると答えた実務者は78%。そして、組織が抱える課題の第1位は「人材・スキルの不足」で59.6%でした(同調査)。
読み取れるのは、需給の非対称です。生成の工程は急速にAIへ移りました。翻訳の工程は人に残ったまま、価値だけが上がると見込まれ、担える人材は足りていない。希少性は、能力の難易度ではなく、需要と供給の差から生まれます。
キャリアの観点で言えば、これは不安の材料ではなく座標です。自分の仕事のうち、生成に当たる部分と翻訳に当たる部分の比率が、これから数年の市場価値をほぼ決めます。
5. まず、自分と自社の足元を点検する3つの問い

翻訳できているかどうかは、自己評価ではなく、直近3ヶ月に実際に起きた出来事で判定できます。
問い①:直近3ヶ月で、自分が言語化したことによって、他部門の判断が変わった場面はいくつあったか。
思い浮かぶ場面が一つもないなら、その仕事は翻訳ではなく生成に寄っています。件数は重要ではありません。具体的な場面を挙げられるかどうかだけが重要です。
問い②:自分がAIに渡しているのは「生成」か、それとも「判断」か。
渡しているものが判断だとすれば、境界の外側で作業している可能性があります。流暢な出力が返ってきたことは、正しさの証拠にはなりません。
問い③:自分の成果は、成果物の量と質で語られているか。それとも、他人の行動の変化で語られているか。
評価面談や週次報告で、何を実績として並べているかを思い出してみてください。作った物のリストだけが並ぶなら、成果の測り方そのものが生成側に固定されています。
この3つに、具体的な出来事を挙げて答えられないなら、翻訳はまだ職能になっていません。逆に答えられるなら、それはすでに市場が足りないと言っている職能です。
おわりに:「AIを使える人」と、「AIに渡す問いを立てられる人」は違う
AIの習熟度で差がつく時代は、思ったより短く終わります。ツールの使い方は模倣が容易で、数ヶ月で横並びになるからです。現に、生成の用途はすでに実務者の過半数に広がりました。
差が残るのは、その手前です。何を問うべきかを決める作業、どの情報が判断に効くかを見極める作業、そして出てきた答えを受け手の言語に置き換える作業。いずれも、プロンプトの外側にあります。
翻訳できる人が希少なのは、能力が特別だからではありません。この職能が、複数の領域に同時に足を置いていないと育たないからです。ひとつの部門に長くいれば専門性は深まりますが、翻訳の力はつきません。逆に、どの領域も浅く触れただけでは、訳す中身を持てません。
「AIに何ができるか」は、これからも毎月更新されていきます。更新されないのは、「誰が、誰のために、何を決めなければならないのか」という問いのほうです。その問いを立てられる人の仕事は、AIが速くなるほど価値が上がります。——手元の仕事のうち、その問いを立てているのはどの部分か。答えられないのなら、そこが最初に置き換わります。
PMM組織診断(無料・10問)
自社が5つの組織タイプ(手探り型/受身型/作りっぱなし型/個人技型/自走型)のどれかを、6軸のレーダーで可視化します。
関連記事
▶ なぜ「越境人材」だけが残るのか——職能の境界が溶ける時代の、キャリアの立て方
▶ 生成AIクライシスを生き残るマーケター戦略——なぜ今、PMMを目指すべきなのか
▶ PMMとは何か——役割・スキル・組織における位置づけを、日本の実態データから体系的に整理する
Prodelia Academy — PMMキャリアを体系的に歩むためのプログラム
Prodelia Partnersでは、PMM Operating System™に基づく実践型トレーニングプログラム「Prodelia Academy」を提供しています。生成の工程ではなく、翻訳の工程を職能として身につけたい方に向けた内容です。体系的に学びたい方はぜひ事業内容をご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. AIに代替されない仕事とは何ですか?
入力・正解・成否判定のいずれかが、文章の外側にある仕事です。記録に残らない一次情報を材料にする仕事、正しさが受け手の側にある仕事、成果が他人の行動の変化で測られる仕事は、生成の速度が上がっても置き換わりません。逆に、素材が揃った状態から形にする工程は、急速にAIへ移っています。
Q. 越境人材とは何ですか?
複数の職能領域をまたいで働き、それぞれの言葉を相互に置き換えられる人材を指します。日本の実務者調査では、3領域以上をまたいで働く人が78%にのぼり、AIの普及で越境人材の価値が上がると答えた人は80%でした(出典:日本PMM市場レポート2026/プロデリア・パートナーズ、n=166)。職種名よりも、立っている場所で決まる職能です。
Q. AIを使いこなせれば、翻訳の職能は不要になりますか?
不要にはなりません。AIの習熟は数ヶ月で横並びになる一方、何を問うか、どの情報が判断に効くかを決める作業は残るためです。ハーバード・ビジネス・スクールとボストン・コンサルティング・グループの実験では、AIの能力が届かない業務で正答率が19ポイント低下しました。使いこなす力と、任せてよい範囲を見極める力は別物です。
Q. 翻訳の職能は、どの職種から目指せますか?
特定の出身職種に限られません。日本の調査では、PMMを担う人材の出身は事業企画・経営企画が40.4%、マーケティングが36.7%、PdMが21.1%、営業が15.7%、カスタマーサクセスが13.3%と分散しています(出典:日本PMM市場レポート2026/プロデリア・パートナーズ、n=166)。顧客の一次情報に近い職種ほど、翻訳の材料を多く持っています。
Q. PMMとは何をする職種ですか?
PMM(Product Marketing Manager/プロダクトマーケティングマネージャー)とは、プロダクトが持つ価値を市場に伝わる形へ翻訳し、選ばれる状態をつくる役割です。市場・顧客の理解、ポジショニング、メッセージング、セールスイネーブルメントが主な領域にあたります。職種の全体像はPMMとは何かで整理しています。
一覧ページに戻る
