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「うちは何者か」が部門ごとにバラバラな組織で、実際に起きること

中途採用の最終面接で、候補者が三人の面接官に同じ質問をした。「御社が大事にしているのは何ですか」。営業責任者は「提案力」と答え、エンジニアリング責任者は「技術力」と答え、経営者は「顧客への誠実さ」と答えた。候補者は礼を言って部屋を出て、数日後、他社の内定を受けた。——同じ会社について、三つの違う会社の話を聞いたようだった。
「営業は"スピード"って言うし、開発は"品質"って言う。どっちも間違ってはいないはずなのに、外から見ると矛盾して聞こえる」。
ある事業責任者が漏らした言葉です。
多くの経営層は、この違和感を言葉づかいの問題として処理します。表現をもう少し揃えれば直ると考え、スローガンやバリューを一枚のスライドにまとめて配布します。しかし、配布された文言を全員が言えるようになった後も、現場で起きていることは変わらないケースが少なくありません。
この会社に限った話ではありません。創業から時間が経った組織ほど、部門は専門化し、評価指標は分化し、経営陣の入れ替わりも起こります。「うちは何者か」という一つの問いに、複数の正しい答えが同時に存在するようになるのは、むしろ組織が順調に育った結果でもあります。だからこそ、この症状は「悪い会社」だけの話ではありません。
本記事では、部門ごとに「うちは何者か」の答えがズレていく組織で、実際に何が起きているのかを症状として整理します。処方は書きません。まずは自社に同じ症状がどの程度出ているかを、見極めるところから始めます。
1. 組織の一貫性が保たれている状態と、失われている状態
組織の一貫性とは、部門や役職が変わっても「自社が何を大事にしているか」という問いへの答えが揃っている状態を指します。
一貫性が保たれている組織では、営業が商談で語る「なぜ選ばれるか」と、開発が機能に優先順位をつける基準と、経営が投資を判断する軸が、同じ一つの答えを指しています。部門が変わっても、答えの向きは変わりません。
一貫性が失われている組織では、同じ問いに対して部門ごとに別の答えが返ってきます。営業は価格の話をし、開発は機能の話をし、経営は成長率の話をする。どれも嘘ではないのに、外部から見ると、三つの会社の話をしているように見えます。
この差は、スローガンの有無では測れません。すでに何らかの企業理念やバリューを掲げている企業のほうが多数派です。問題は、その文言が現場の判断にまで届いているかどうかです。
判断の場面 | 揃っている組織 | バラバラな組織 |
|---|---|---|
商談で顧客に語る「選ばれる理由」 | 担当者が変わっても同じ骨子で語れる | 担当者ごとに強調点が変わり、比較すると矛盾が出る |
開発の機能優先順位 | 「何者か」に合わない要望は見送る判断ができる | 声の大きい要望から順に実装される |
投資・採用の判断 | 短期の数字だけでなく、方向性で判断できる | その時々の担当者の裁量で判断が振れる |
この三つの場面に共通するのは、「答えの正しさ」ではなく「答えの向き」が揃っているかどうかです。バラバラな組織では、個々の判断はどれも局所的には正しいのに、束ねると矛盾した会社に見えてしまいます。
2. 一貫性の有無は、どの場面で表に出るのか
一貫性のズレは、社内会議では気づかれず、社外の人間が、複数の部門に同時に接触した瞬間に表面化します。
場面 | 表に出るズレ |
|---|---|
採用の最終面接 | 面接官によって「大事にしていること」の答えが違う |
商談への複数担当同席 | 営業とカスタマーサクセスで、導入後の効果の説明が食い違う |
資金調達の場 | IR資料の成長ドライバーと、現場の営業トークが違う |
危機対応時の広報 | 部署ごとに、対外的な立場や説明の重心が異なる |
社内では誰も困っていないように見えます。困るのは、複数の部門に同時に接触した外部の人間だけです。だからこそこの問題は放置されやすく、気づいたときには年単位でズレが積み上がっています。
採用の場面を、もう少し具体的に見てみます。一次面接では現場の担当者が「裁量の大きさ」を魅力として語り、最終面接では経営陣が「体制の安定性」を魅力として語ることがあります。候補者にとっては、どちらも聞きたい話ですが、同時に聞くと「結局どちらが本当なのか」という疑問が残ります。断片としては正しい説明が、束ねると会社への印象を濁らせるのです。
商談の場面も同様です。営業担当が導入前に語った「導入後すぐに効果が出る」という説明と、カスタマーサクセス担当が導入後に語る「効果が出るまでには半年かかる」という説明が食い違えば、顧客は製品ではなく会社そのものへの信頼を下げます。担当者個人の説明能力の問題として処理されがちですが、実際には会社としての答えが一つに定まっていないことが原因です。
3. 部門間の認識のズレは、どれだけ広がっているのか
日本PMM市場レポート2026によると、企画・営業・マーケ間の共通認識の欠如を組織課題として挙げた企業は30.7%にのぼります(出典:日本PMM市場レポート2026/プロデリア・パートナーズ)。また、同調査では、部門間のサイロ化を課題に挙げた企業も27.1%存在しました。
この数字が示しているのは、「認識がズレている」という自覚そのものは、すでに多くの組織に存在しているという事実です。問題は、自覚があっても、それを構造的に修正する手段を持たない組織が大半だという点にあります(同調査)。
自覚があるのに直せない状態は、放置ではなく手段の不在です。原因を探る前提が組織内にないまま、症状だけが繰り返されています。
もう一つ見落とされがちなのは、この二つの数字が同じ設問の選択肢として並んで挙がっているという点です(同調査、Q13は複数回答)。認識の共通理解の欠如と部門間のサイロ化は、別々の部署の別々の問題として語られがちですが、多くの企業では同時に課題として挙がっている以上、一つの部門だけを直しても解決しない可能性が高いということです。
4. 「言葉を揃える」ことと「認識を揃える」ことを取り違えるコスト
言葉を揃えることと認識を揃えることを取り違えると、表面上は解決したように見えて、実際の判断はズレたまま進みます。
多くの企業がまず手をつけるのは、統一されたキャッチフレーズやバリューの文言を配ることです。研修や朝会で読み上げ、全員が同じ言葉を言えるようになった時点で、浸透したと判断してしまう。しかし、いざ現場で判断を迫られる場面——価格を下げるか、機能を削るか、誰を採用するか——になると、部門ごとに元の判断基準に戻ります。言葉は共有されても、判断の根拠は共有されていないからです。
このズレを放置したコストは、決算書には載りません。個々の失注や離職の理由は「営業のスキル不足」や「本人都合」として処理され、根っこにある認識のズレは、誰の責任にもならないまま次の期に繰り越されます。
ある中堅企業では、全社会議で毎回同じスライドが表示されていました。「顧客第一」という一文が大きく掲げられ、参加者は毎回それを読み上げます。ところが、同じ四半期に、営業部門は成約数を優先して過大な導入効果を約束し、カスタマーサクセス部門はその約束と現実のギャップに追われ、開発部門は両者の板挟みで場当たり的な機能追加を繰り返していました。スライドの文言と、実際に部門を動かしている評価指標は、最初から別のものだったのです。
この状態が続くと、離職や失注という個別の事象の裏にある共通の原因が見えなくなります。原因が見えないまま対策を打つと、対策そのものがまた部門ごとにバラバラになり、症状はさらに複雑化します。
5. バラバラな組織に共通する構造
バラバラな組織に共通しているのは、各部門が悪気なく、自分の持ち場でもっとも筋の通った答えを出し続けているという構造です。
営業は成約率という指標に最適化し、開発は技術的な完成度という指標に最適化し、経営は成長率という指標に最適化します。どの最適化も、部門単体で見れば正しい。問題は、この三つの答えを一つに束ねる共通の参照点が、組織のどこにも明文化されていないことです。
参照点がなければ、部門ごとの答えは時間とともに少しずつ離れていきます。誰か一人がそれに気づいた頃には、すでに三つの会社になっているのです。
この構造のたちの悪さは、誰も間違ったことをしていない点にあります。営業の成約率も、開発の完成度も、経営の成長率も、それぞれの部門にとっては正しい追求です。責任者を交代させても、新しい責任者もまた自分の指標に忠実に最適化するだけなので、症状は再発します。指標を追うことをやめさせるのではなく、指標の上位に置くべき共通の答えを、誰かが明文化して持ち続ける必要があるということです。
6. 自社の足元を点検する3つの問い
ここから先は、答えを出す章ではありません。次の3つの問いに、自社の言葉で答えられるかどうかを確かめてください。
問い①:営業・開発・経営の三者に「自社が大事にしていること」を別々に聞いたら、同じ答えが返ってくるか。
問い②:直近1年で下した難しい判断(値下げ、機能の削除、人員配置)は、どの部門も同じ基準で下したか。
問い③:もし今日、初めて会う顧客や候補者が二つの部門に同時に接触したら、二つの会社の話を聞いたと感じないか。
「言葉が揃っている」ことと、「認識が揃っている」ことは違う
面接官三人の答えがズレていた会社は、その後、社内で理念研修を強化しました。スライドは洗練され、全員が同じキャッチフレーズを言えるようになりました。
それでも、翌年の面接で同じ質問をしたところ、三人の答えはまた少しずつ違っていました。
言葉を揃えることは、認識を揃えることの入口に過ぎません。判断の根拠まで揃っているかどうかは、統一されたスライドを配った後でこそ、初めて問われます。
この会社が次に手をつけたのは、スライドの改訂ではなく、部門をまたいだ難しい判断のたびに「うちはどちらを取るのか」を明文化して残すことでした。答えを一度決めて終わりにするのではなく、判断のたびに積み重ねていく地味な作業です。派手さはありませんが、面接官三人の答えが揃うかどうかは、結局そこにしか表れません。
自社の三つの部門に、今日同じ質問をしたら、何が返ってくるでしょうか。
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よくある質問(FAQ)
Q. 組織の一貫性とは何ですか?
A. 組織の一貫性とは、部門や役職が変わっても「自社が何を大事にしているか」という問いへの答えが揃っている状態を指します。文言が同じかどうかではなく、判断の根拠が同じ方向を向いているかどうかで測ります。
Q. 部門ごとに会社の見え方が違うのは、なぜ起こるのですか?
A. 各部門が自分の評価指標に忠実に最適化した結果、答えが少しずつ離れていくために起こります。営業は成約率、開発は完成度、経営は成長率という別々の指標に最適化するほど、三者の答えは自然にズレていきます。
Q. 社内の認識のズレは、業績にどう影響しますか?
A. 個々の失注や離職の原因として処理され、根本の原因が見えにくくなる形で影響します。日本PMM市場レポート2026では、企画・営業・マーケ間の共通認識の欠如を課題に挙げた企業が30.7%にのぼりました(同調査)。
Q. ブランドが浸透しないのは、広報や採用のせいですか?
A. 広報や採用単体の問題ではなく、部門をまたいで判断の基準が共有されていないことが原因である場合が大半です。発信のトーンだけを揃えても、現場の判断が揃わなければ、社外から見た印象は再びズレていきます。
Q. 組織の一貫性は、どうすれば整えられますか?
A. まずは自社の現状を客観的に把握することが出発点になります。部門間で答えがどれだけズレているかを可視化する診断ツールを使うと、思い込みではなく実態から議論を始められます。
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